介護費用は親のお金でまかなうのが原則——これは当サイトで繰り返しお伝えしてきたことです。

ところが、その原則には大きな前提があります。

親の口座から、お金を出せること。

認知症などで判断能力が低下すると、この当たり前が成り立たなくなります。全国銀行協会は、はっきりこう述べています。

「銀行の預金は基本的には本人の資産であり、預金を払い出す場合には預金者本人の意思確認が必要となるため、家族といえども預金者の預金を払い出すことはできない」(全国銀行協会)

親の介護費用を、親の口座から出せない。これが現実に起きます。

この記事では、そうなる前にできることと、なってしまった場合の考え方を整理します。

※本記事は2026年8月時点の情報をもとにした一般的な解説です。実際の取扱いは金融機関ごとに異なります。具体的な手続きは取引先の金融機関に、法的な判断は弁護士・司法書士等の専門家にご相談ください。

銀行がどう判断するか、5つに分かれている

全国銀行協会は、状況を次のように整理しています。

本人の認知判断能力 取引の形 扱い
あり (1) 通常取引 本人と取引
(4) 任意代理(親族等) 届出をした代理人と取引できる
低下・なし (2) 本人との取引 本人のための費用と確認したうえで対応することが望ましい
(3) 法定代理(成年後見人等) 法的な裏付けのある代理人と取引
(5) 無権代理(親族等) 極めて限定的な対応

注目してほしいのが(4)と(5)の差です。

同じ「家族が代わりに手続きする」でも、事前に届出をしてあれば正規の取引、していなければ「極めて限定的な対応」になります。

【元気なうちに】代理人の届出をしておく

これが最も現実的で、最も効果の大きい備えです。

「本人から親族等への有効な代理権付与が行われ、銀行が親族等に代理権を付与する任意代理人の届出を受けている場合は、当該任意代理人と取引を行うことも可能」(全国銀行協会)

金融機関によって名称や手続きは異なりますが、「代理人」を届け出ておく仕組みが用意されています。全国銀行協会も「独自の代理人制度や財産管理サービスを提供している銀行もあります」としています。

いつ手続きするか

本人に判断能力があるうちだけです。

代理権を与えるという意思表示は、本人にしかできません。低下してからでは、この選択肢は消えます。

「まだ元気だから」ではなく、「元気なうちにしかできないから」と考えてください。物忘れが気になり始めた段階は、すでに検討すべきタイミングです(親の物忘れが増えたと感じたら)。

まず確認すること

  • 親がどの金融機関に口座を持っているか——把握できていないケースが非常に多い
  • 年金の振込口座はどれか
  • 公共料金・施設費用の引き落とし口座はどれか
  • 各金融機関に代理人の届出制度があるか

手続きには本人と代理人がそろって来店する必要があることが多く、親が動けるうちでなければ現実的に難しくなります。

【元気なうちに】他の選択肢

任意後見

成年後見制度のうち、本人に判断能力があるうちに、自分で後見人を選んでおくのが任意後見です。

「本人に判断能力があるうちは、『任意後見』となります。任意後見は、自ら後見人を選びます」(全国銀行協会)

親族のほか、弁護士や司法書士に依頼することもできます。ただし実際に効力が生じるのは、判断能力が低下したあと家庭裁判所に任意後見監督人を選任してもらってからです。

後見制度支援預金・後見制度支援信託

大きな資産を守るための仕組みも用意されています。

「通常使用しない大口の資金を『後見制度支援預金』もしくは『後見制度支援信託』としてプールしておき、この中から、日常生活等に必要な金額だけを、家庭裁判所からの指示書に基づいて生活口座に定期的に移す仕組み」(全国銀行協会)

成年後見制度そのものについては、次の記事で詳しく扱います。

【低下してから】「極めて限定的な対応」の中身

すでに判断能力が低下してしまった場合はどうなるのか。全国銀行協会の記述は、期待を持たせるものではありません。

「親族等による無権代理取引は、本人の認知判断能力が低下した場合かつ成年後見制度を利用していない(できない)場合において行う、極めて限定的な対応である。成年後見制度の利用を求めることが基本であり」(全国銀行協会)

そのうえで、応じうる場合が示されています。

「認知判断能力を喪失する以前であれば本人が支払っていたであろう本人の医療費等の支払い手続きを親族等が代わりにする行為など、本人の利益に適合することが明らかである場合に限り、依頼に応じることが考えられる」(全国銀行協会)

つまり——

  • 本人のための支出であることが明らかでなければならない
  • 医療費・施設入居費・生活費などが想定されている
  • それでも「考えられる」であって、応じる義務があるわけではない

「医療費なら必ず引き出せる」と期待するのは危険です。あくまで銀行側のリスク許容の考え方として示されたものです。

確認される内容

本人が認知判断能力を喪失していることの確認方法として、次が挙げられています。

  • 本人との面談
  • 診断書の提出
  • 本人の担当医からのヒアリング
  • 診断書がない場合は、複数行員による本人面談や医療介護費の内容等のエビデンスの確認

領収書や請求書を用意しておくことが、実務上の助けになります。

投資信託などはさらに厳しい

預金が少なく、投資信託しか資産がない場合について、こう述べられています。

「投資信託等の金融商品は価格変動があることから、一旦、解約等を行った場合、預金と異なり、原状回復が困難である。この点に鑑み、金融商品の解約等については、より慎重な対応が求められる」(全国銀行協会)

なぜこの問題が起きるのか

本来なら成年後見制度を使えばよい話です。しかし現実にはそうなっていません。

「成年後見制度の利用者総数は2018年12月末で約22万人にとどまっている」
(脚注)「2012年時点で65歳以上の高齢者のうち、認知症の方の数は約462万人と推計されている」(全国銀行協会)

理由も率直に書かれています。

「ご家族に成年後見制度の利用を促しても、月々の費用や、第三者に家族の資産を委ねることへの抵抗感等を理由に制度を利用してもらえないケースがある」(全国銀行協会)

制度はあるのに使われていない。そのギャップが、家族を困らせています。

お金の管理は「記録」とセット

代理人として親のお金を扱うようになったら、必ず記録を残してください。

  • いつ・いくら・何のために使ったか
  • 領収書は保管する
  • 親の口座から出したのか、自分が立て替えたのかを分ける

これは3つの意味で効きます。

場面 記録が効く理由
きょうだい間 「使い込んだのでは」という疑いを防ぐ(兄弟姉妹の介護分担
銀行の窓口 本人のための支出であることを示せる
確定申告 医療費控除の対象額を集計できる

介護費用の全体像は 介護費用は月いくら? で扱っています。4年7か月という期間を、記録なしで乗り切るのは現実的ではありません。

よくある質問

親のキャッシュカードを預かって引き出すのは問題ですか?

本人の意思にもとづき、本人のために使っているのであれば、日常的に行われていることではあります。

ただし本人の判断能力が低下したあとも同じことを続けるのは、性質が変わります。また多額の取引では窓口での確認が必要になり、カードだけでは対応できません。

元気なうちに正規の代理人届出をしておくのが、双方にとって安全です。

家族信託とは違うのですか?

家族信託(民事信託)は、財産の管理を家族に託す別の仕組みです。これも本人に判断能力があるうちでなければ契約できません。

費用や適否は資産の内容によって大きく変わるため、司法書士・弁護士などの専門家にご相談ください。当サイトは個別の法的判断を行うものではありません。

すでに判断能力が低下しています。何から始めればよいですか?

まず取引先の金融機関に、現在の状況を伝えて相談してください。対応は金融機関ごとに異なります。

並行して、地域包括支援センターにも相談してください。全国銀行協会も、銀行と地域包括支援センター・社会福祉協議会等との連携強化を掲げています。

判断能力に不安はあるが、後見までは必要ない場合は?

社会福祉協議会が実施する「日常生活自立支援事業」があります。判断能力に不安のある方を対象に、日常的な金銭の管理等を行う仕組みです。

相談窓口の全体像は 介護の相談はどこにする? にまとめています。

年金はどうなりますか?

年金は本人名義の口座に振り込まれます。その口座からの引き出しに、ここまでの話がそのまま当てはまります。

施設費用の引き落としが止まると、支払いが滞ります。年金の振込口座と、施設費用の引き落とし口座は、早い段階で確認しておいてください。

親がお金の話を嫌がります

「財産を狙っている」と受け取られることを恐れて、切り出せない方は多いはずです。

「入院したときに困るから」「あなたのお金をあなたのために使えるようにしておきたい」という入り方が現実的です。進め方は 介護が始まる前の家族会議 で扱っています。

まとめ

  • 「家族といえども預金者の預金を払い出すことはできない」(全国銀行協会)
  • 銀行の対応は本人の判断能力と代理権の有無で5つに分かれる
  • 最も効くのは、元気なうちの「代理人の届出」(任意代理)
  • 任意後見・後見制度支援預金なども判断能力があるうちにしか選べない
  • 低下後の親族による払い出しは「極めて限定的な対応」。成年後見制度の利用が基本
  • 応じうるのは本人の医療費等など、本人の利益に適合することが明らかな場合に限られる
  • 認知症の方が約462万人に対し、成年後見制度の利用は約22万人
  • お金を扱うなら記録を残す。きょうだい・銀行・確定申告の3方向で効く

介護のお金で本当に怖いのは、足りないことよりあるのに使えないことかもしれません。

そして手を打てるのは、親が元気なうちだけです。今日できることは、親がどこに口座を持っているかを聞いておくことです。

参考にした主な資料

※実際の取扱いは金融機関ごとに異なり、制度も改正されることがあります。手続きにあたっては取引先の金融機関に、法的な判断が必要な場合は弁護士・司法書士等の専門家にご相談ください。