親の転倒は、介護の始まりになることがあります。

転んで骨折し、入院し、動けない期間に体力が落ち、そのまま——という流れは珍しくありません。

では、家の中でいちばん転んでいるのはどこか。階段? 浴室?

答えは「居室・寝室」です。しかも、2位以下を大きく引き離しています。

東京消防庁の救急搬送データから、実際に事故が起きている場所と、その対策を整理します。

※本記事は公開されている統計をもとにした一般的な整理です。個別の身体状況に応じた対応は、主治医・理学療法士・ケアマネジャー等の専門職にご相談ください。

転倒の4割が「入院が必要」

まず規模を見ます。東京消防庁管内の令和6年のデータです。

項目 数値
日常生活事故での救急搬送 約16万3千人(約6割以上が高齢者
高齢者の搬送人員 98,056人
「ころぶ」 73,500人(全体の8割以上)
「落ちる」 8,719人

そして、けがの程度です。

「ころぶ」事故では「約4割の高齢者が入院の必要がある中等症以上と診断」(東京消防庁)

転倒の10件に4件が入院につながっています。「転んだだけ」では済まないということです。

消費者庁も、転倒と転落を合わせると高齢者の事故の9割を占めるとしています。

【意外】いちばん転んでいるのは居室・寝室

住宅内で「ころぶ」事故が起きた場所の上位5つです。

順位 場所 人数
1位 居室・寝室 29,783人
2位 玄関・勝手口等 3,900人
3位 廊下・縁側・通路 2,653人
4位 トイレ・洗面所 1,229人
5位 台所・調理場・ダイニング・食堂 1,079人

1位が2位の7倍以上です。

さらに、住宅等での「ころぶ」事故42,180人のうち、屋内での発生が39,053人で9割以上を占めています。

危ないのは、段差の大きい場所や慣れない場所ではありませんでした。最も長い時間を過ごす、慣れきった自分の部屋です。

消費者庁も、こう指摘しています。

慣れ親しんでいる住宅内にも多くの危険が潜んでおり、特に高齢者は、若者と比較して住宅内での事故が多い」(消費者庁)

なぜ居室で転ぶのか

統計は理由まで示していませんが、居室に特有の条件はいくつも考えられます。

  • 滞在時間が圧倒的に長い——分母が大きい
  • 床に物が多い——新聞、コード、座布団、こたつ布団
  • カーペットやラグの縁——数ミリの段差でつまずく
  • 立ち上がりの動作が多い——布団や低い椅子からの立ち上がり
  • 夜間に暗い中を移動する——トイレへの往復

「うちは段差がないから大丈夫」は、根拠になりません。段差のない部屋で、最も多く転んでいます。

今日できること

  • 床の物をなくす——通り道に何も置かない
  • 電源コードを壁沿いにまとめる
  • めくれたラグ・カーペットを固定するか撤去する
  • 夜間の足元灯を設置する——ベッドからトイレまでの経路
  • 立ち上がるときにつかまる場所をつくる

費用のかからないものばかりです。まず床を片づけることが、最も効果的な転倒対策かもしれません。

玄関が2位である理由

2位の玄関(3,900人)も見逃せません。

玄関は「段差を上り下りしながら、片足立ちで靴を脱ぎ履きする」という、家の中で最も難しい動作をする場所です。

  • 腰かけられる場所をつくる——椅子を置くだけでも変わります
  • 手すりを設置する——上がりかまちの段差に対応
  • 靴を選ぶ——かかとが覆われ、脱げにくいもの

玄関は介護保険の住宅改修で手すりを付けられる代表的な場所です。上限20万円まで、自己負担1〜3割で工事できます。

浴室は「転ぶ」より怖い数字がある

意外なことに、浴室は転倒の上位5位に入っていません。ただし、別の危険があります。

「おぼれる」事故は「『住宅等居住場所』が400人と9割以上を占め、その多くは浴槽で発生
「中等症以上の割合が98.6%と非常に高く、385人が生命の危険がある重症以上と診断」(東京消防庁)

件数は少なくても、起きたときの深刻さが桁違いです。「ころぶ」の中等症以上が約4割なのに対し、「おぼれる」は98.6%。

消費者庁も「高齢者の溺死の約8割は浴槽で発生」としています。

ヒートショックへの対策

消費者庁は、2011年の1年間で約1万4000人の高齢者がヒートショックに関連して急死しているという推計を紹介しています。

示されている対策は明確です。

  • 脱衣所や浴室を暖める——断熱性の向上と暖房設備の導入も検討
  • 湯温は41度以下
  • 湯につかる時間は10分までを目安に
  • 浴室や脱衣所には滑り止めマットを敷く

入浴介助の実務は 在宅介護の食事・入浴・排泄の基本 で扱っています。ひとりでの入浴が不安な段階なら、デイサービスでの入浴という選択肢もありますデイサービスとは?)。

使える制度

転倒予防のための環境整備には、介護保険が使えます。

制度 内容
住宅改修 手すりの取付・段差の解消・床材の変更など。上限20万円要支援でも利用可。ただし工事前の申請が必須
福祉用具貸与 手すり(工事不要のもの)、スロープ、歩行器、歩行補助つえなど
特定福祉用具購入 入浴用いす、浴槽用手すりなど。年間10万円まで

住宅改修は事後申請ができません。「転んでから工事」では遅く、しかも申請前に着工すると対象外になります。

また福祉用具には要介護度による条件があるものもあります(要介護認定の区分早わかり表)。まずはケアマネジャーに相談してください。

認知症がある場合

認知症があると、転倒のリスクはさらに高まります。

  • 危険を認識しにくくなる
  • 夜間の行動が増える——暗い中での移動
  • 薬の影響でふらつくことがある

特に夜間の転倒は、家族が気づかないうちに起きます。夜間の対応については 認知症で夜眠らない・夜間に落ち着かないとき をご覧ください。夜間対応型訪問介護には、転落時の対応も含まれます。

なおふらつきや転倒が急に増えた場合は、薬や身体の状態が関係していることがあります。主治医にご相談ください。

よくある質問

転倒予防に運動は効果がありますか?

消費者庁は予防策として「個人に合った適度な運動を続け」ることを挙げています。

ただし「個人に合った」という点が重要です。状態に合わない運動はかえって危険なため、主治医や理学療法士に相談してから始めてください。介護保険では訪問リハビリテーションや通所リハビリテーションも利用できます。

手すりはどこに付ければよいですか?

データが示す優先順位は玄関・トイレ・廊下、そして居室内の立ち上がる場所です。

ただし本人の動線と身体の使い方によって適切な位置は変わります。ケアマネジャーや福祉用具専門相談員に、実際の動きを見てもらってから決めてください。

一度転んだあと、何に注意すべきですか?

痛みがなくても受診してください。高齢者は骨折していても歩けることがあります。

また一度転ぶと、転倒への不安から活動量が減り、筋力が落ちてさらに転びやすくなるという悪循環が起きることがあります。転倒後は特に、生活の様子を見ておいてください。

入院してしまいました

入院直後にやることは 親が倒れたらすぐやること にまとめています。

退院後の生活を早めに考え始めてください。要介護認定の申請、住宅改修、福祉用具の手配は、入院中から動けます(退院後の介護に備える)。

本人が「大丈夫」と言って対策を嫌がります

手すりの設置を「年寄り扱いされる」と感じる方は少なくありません。

「転ばないため」ではなく「立ち上がりが楽になるから」という伝え方が受け入れられやすいことがあります。実際、手すりは楽になる道具でもあります。

遠方に住んでいて、家の中を確認できません

帰省時に床に物がないか、夜間の照明があるかだけでも見てください。写真を撮っておくと、ケアマネジャーに相談するときに役立ちます。

本人の同意があれば、ケアマネジャーや福祉用具専門相談員に自宅を見てもらうこともできます(遠距離介護のコツ)。

まとめ

  • 令和6年、東京消防庁管内で98,056人の高齢者が日常生活事故で搬送。「ころぶ」が8割以上
  • 転倒の約4割が「入院が必要な中等症以上」
  • 住宅内で転ぶ場所の1位は「居室・寝室」(29,783人)。2位の玄関の7倍以上
  • 住宅等での転倒は9割以上が屋内「段差がないから大丈夫」は根拠にならない
  • まず床を片づける。コード・ラグ・通り道の物を減らす
  • 2位の玄関は片足立ちで靴を脱ぎ履きする場所。腰かける場所と手すりを
  • 浴室は「おぼれる」の中等症以上が98.6%湯温41度以下・10分まで(消費者庁)
  • 住宅改修は上限20万円・工事前申請が必須

転倒対策というと、大がかりな工事を思い浮かべがちです。しかしデータが示していたのは、いちばん転んでいるのは慣れた自分の部屋だという事実でした。

今日、実家の床に物が置かれていないか——そこから始められます。

参考にした主な資料

※搬送データは東京消防庁管内(令和6年中)のものであり、全国の傾向とは異なる場合があります。本記事は一般的な情報の整理であり、個別の身体状況に応じた対応については専門職にご相談ください。